【私のちいき愛Vol.5】CKB・横山剣さん
横浜は何年たっても刺激のあるまち

 「東洋一のサウンドマシーン」こと、クレイジーケンバンド(CKB)の横山剣さん。

横浜で育ち、今もなお横浜に拠点を置き、横浜をテーマにした楽曲も多数発表、2019年8月には、地元愛がたっぷりのアルバム「PACIFIC」もリリース。

音楽性やファッションにも多大な影響を受けたという地元・横浜の魅力をたっぷりとお聞きしました。

千葉との意外な接点も!

 

ちいき愛を語る横山剣さん

さまざまな文化が交差する横浜

 

――剣さんはずっと横浜にお住まいですか?

 

ちいき愛を語る横山剣さん02剣さん:生まれは川崎…と言っても生まれた病院が川崎にあっただけで、住まいは横浜です(笑)。

 

中学生まで横浜に住んでいて、東京の高校に進学したのを機に、そのまま東京に住みました。子どものときは当たり前のように感じていた横浜の独特の文化に気付いたのもその頃ですね。よく海外に行くと日本の良さが分かったりしません? それと同じ。

 

きっかけは、故・柳ジョージさんのアルバム「YOKOHAMA」を聞いたこと。タイトルもストレートなんですが、これを聴いたら地元に帰りたくなっちゃった。で、20歳でまた横浜に戻りました。それからずっと横浜です。

 

――横浜の魅力はズバリ?

 

ちいき愛を語る横山剣さん02剣さん:米軍基地そのものもそうなんですが、その周辺に外来文化の影響を受けたお店や施設があり、何ともいえないエキゾチックなムードを感じるところですね。

 

中華街もあるし、いろんな文化が雑多になって、ある意味ノンジャンル。

僕は好きな音楽も、自分でやる音楽も、いいと思えばジャンルにはこだわらないのですが、それも横浜という町で育ってきたことが大きいのかもしれません。

音楽はもちろん、ファッションも影響を受けています。

 

東京へ出掛けた帰り道、横浜に入ると空気が変わるのが分かるんですよ。

20歳で横浜に戻りましたが、当時僕はクールスRCの一員として東京を拠点に活動してましたから、毎日車で出勤(?)していたんです。

40年前はまだ横浜ベイブリッジもなくて、第三京浜とか首都高横羽線とかを通過すると、だんだんノスタルジックな雰囲気になってくる。それがまた哀愁があって好きでしたね。

ソウルミュージックがぴたっと合う感じで。

 

 

――横浜の中でも特に好きな場所はありますか?

 

ちいき愛を語る横山剣さん02剣さん:本牧です。僕が尊敬する大先輩がいたり、海外で活躍する後輩が帰国するとふらりと立ち寄ってくれたり、楽しい人が多いです。

でも、みんなそれぞれ本牧にいると、素に戻るというかいい意味で「本牧サイズ」になっちゃうのがいい。

 

町の景色は大分変りましたが、磁場とか空気、ノリは変わらない。

人の出入りが多い場所でもあるので、「来るもの拒まず、去る者追わず」なアバウトなところも居心地がいいですね。

 

――千葉育ちの私からしてみると、横浜ってとてつもなくおしゃれなイメージがあります。

 

ちいき愛を語る横山剣さん02剣さん:二面性のある場所かもしれませんね。

中区が分かりやすいですけど、黄金町と山手のように、ジャンクな町とハイソな町とが狭い範囲で同居してる。光と影というか、「清濁併せ呑む」という感じが横浜にはありますね。

 

僕は5歳からしばらく日吉に住んでいましたが、そこは同じ横浜市と思えないほどのどかな場所で。畑と田んぼと肥溜めを初めて見てカルチャーショックを受けました。

 

日吉は東横線沿線ですが、横浜でも東横線的な文化と京浜急行的な文化の違いもあります。

僕はどちらにも親しんだんですけど、東横は上品で穏やか、京浜急行は競馬場があったり横須賀から米軍が乗ってくるしでファンキー。

個人的に大好きなのは京浜急行ですが、そういうのに疲れちゃったときは東急の平和な雰囲気に癒されに行く(笑)。

 

横浜には、「三日住めばハマっ子」という考え方と、「300年住んでも新参者」という二種類の両極端な考え方もあって。

もともと漁村だったので、何世代も住んでいる方もいらっしゃるんです。

その一方で、明治維新以降、外国人居留地があって、外来文化の発信場所だったりして…。昔から相反する文化が混在する場所なんですね。

 

楽曲に溢れる地元への愛

――CKBの楽曲は横浜への「ちいき愛」が溢れているように感じます。

剣さんは小学生の頃から曲作りをされていたと聞きますが、それは当時から?

 

ちいき愛を語る横山剣さん02剣さん:中学生のときに作った曲の中には、歌詞に「ハーバーライト」なんて言葉が出てきたり、ちょっとハマ感のあるものもありました。

でも、意識的に作るようになったのは、20歳で横浜に戻ってからですね。

 

逆にずっと横浜にいる人って案外そういう曲は作らなかったりします。

一歩間違えるとご当地ソングになっちゃうから、入れるとしてもニュアンス程度。

でも僕は、1回横浜を離れてるからその分照れがない。だから歌詞に「横浜」だの「本牧」だのをガンガン入れられます(笑)。

 

曲作りのインスピレーションとなるのは音楽はもちろん、風景や香り、気候…自分が五感で感じたものです。

自分の中にあるさまざまなジャンルの音楽のフォーマットみたいなものが、それらとハイブリットになって楽曲が生まれるイメージ。

 

聴いたときに、湿度や匂いまでも感じられるような…そんな音楽になるよう気持ちを込めています。

 

僕が高校の時にヘビーローテーションしていた、ユーミンさんの「COBALT HOUR」がまさにそんな感じで。

あと東京が舞台の曲ですが、「中央フリーウェイ」も景色を感じる曲ですね。聴くだけで、情景がありありと浮かびます。そういうのっていいですよね。

 

――ジャンルの垣根を越えて本当にさまざまな音楽に親しまれてきたんですね。

 

ちいき愛を語る横山剣さん02剣さん:小5のときに中古レコード屋の手伝いをしていたんですけど、そこでタダでもらえるレコードを浴びるように聴いていました。

ソウルミュージックやR&Bと同列に、演歌や民謡、浪曲…とまさにノンジャンル。

 

僕は勝手に「ソウル電波」って呼んでるんだけど、グッとくる音楽には共通の電波がある。

CAROLのようなロックンロールも好きだし、同時にカーペンターズも聴く。

自分の中ではつじつまが合ってるのに、「そういう音楽が好きな人はそんなの聴かないでしょ」って言われちゃう。そんなことないのに(笑)。

 

ちなみに、そのレコード屋さんでは、店主のおじさんがマイクを使って実演販売をしていたんです。

それが面白そうで、おじさんが油断している隙にマイクを奪って勝手にMCを始めたら、なんとなく手伝うことになって。

それまで人前で話したり歌ったりしたことはなかったけど、なんかできる気がして、マイクを持ってみたら本当にパフォーマンスができてしまった(笑)。

 

今でもCKBの新譜が出たら、ショッピングモールとかで僕が実演販売するんです。

歌も歌うし、歌詞の説明もする。これはそのときの経験からですね。

 

どんな仕事でも「かっこよく」
仕上げるのがモットー

――やはり子どもの頃からミュージシャン志望だったんですか?

 

ちいき愛を語る横山剣さん02剣さん:いえいえ。できれば船会社とかで平日働いて、週末はレーサーやって、楽曲を誰かに提供して印税生活…みたいな夢を描いていました(笑)。

表に出ると自由がなくなる気がして、あくまで「作曲家」として裏方でやっていきたいと思ってたんです。

 

でも、曲を作っても誰も採用してくれない現実があり…。

その頃ユーミンさんとか山下達郎さんのような、シンガーソングライターの存在が確立してきた時代だったので、僕も「よし、じゃあ自分で歌うか」となったわけです。

 

結果的にバンドで活動しているのですが、今となってはよかった。作曲家だけだったらつまらなかったかもしれないですね。

 

クレイジーケンバンド

(▲クレイジーケンバンド)

 

――地元では校歌も作曲されたとか…。

 

ちいき愛を語る横山剣さん02剣さん:みなと総合高校ですね。卒業生が書いた詩に曲を付けました。

あとは市内を走るゴミ収集車の音楽(編集部注:「いいね!横浜G30」)も作りました。

 

基本、仕事は選びませんが、どんな依頼でもかっこよく仕上げて納品することはこだわってます!

 

「これとこれやったらマズイだろ、これやったらみっともないだろ」とかいう考えがまったくないのは、もともと作曲家志望だったからかもしれませんね。

 

それに、クレイジーキャッツなんかが代表例だけど、実力があって音楽さえちゃんとしてれば、何をやってもかっこいいんですよ。

 

僕が曲作りで大事にしているのは「美メロ」かどうかということ。

胸が締め付けられるような、感情を揺さぶるような音楽です。

これは、映画からも影響を受けています。たまたま小学校の時にテレビの再放送で見た「慕情」とか。

「慕情」を見て、香港も好きになりました。

西洋目線でみるオリエンタルって、中華街に通じるものがあります。

 

実は千葉にも縁があるんです

――もしも横浜で育っていなかったら、今と違う人間になっていたと思いますか?

 

ちいき愛を語る横山剣さん02剣さん:出合いとかタイミングもあったと思うんだけど、横浜から東京が近いからチャンスがめぐってきやすいというのはありますよね。

それと東京・横浜間の程よい距離感。

いい話を聞いて、カーッて浮かれる前に、一回クールダウンして慎重に考えることができたのもよかった。

 

東京(神宮前)にいたときなんて常に浮かれてたから。毎日楽しかったんだけど、急に不安になったりとか、こんなんで大丈夫かなってふいにシラけてしまったり…。

 

いったん、ちょっと冷静になれる。ちょうどいい距離ですよね。

千葉県とか埼玉県もそうだと思います。40分、50分時間があると冷静になれる。

 

――そうはいっても、千葉はやはり地元をコンプレックスに思っている人も多いかもしれません…。

 

ちいき愛を語る横山剣さん02剣さん:横浜在住のサーファーは多いけど、みんな千葉が好きで、近い湘南だけじゃなくて、わざわざ千葉に行ってますよ。波がいいって。

デカイ看板があったり道路沿いに広い店があったり、パームツリーが並んでるところが西海岸みたいだって話してます。

 

実は昔、八千代台の花見川団地に僕の親戚が住んでいたんです。

 

母方の叔父さんファミリーが住んでいて、上野から京成乗って何度か行きました。

僕の代名詞でもある「イイ~ネ!」はその叔父さんの口癖だったんですよ。

実籾って面白い名前だな~とか思いつつ、八千代台で降りてバスに乗って。

 

潮干狩りに谷津遊園にも行ったし、船橋サーキットで、レーサーとしても活躍されているミッキー・カーチスさんの走りも見ました。今はどちらもないんですよね。

 

千葉にはそんな縁もあるし、今はアクアラインができたから、千葉のことをすごく身近に感じてますよ。

 

CRAZY KEN BAND TOUR PACIFIC 2019

10月26日(土)中野サンプラザ(東京)

10月27日(日)仙台電力ホール(宮城)

11月4日(月・休)赤穂市文化会館ハーモニーホール 大ホール(兵庫)

11月6日(水)北國新聞赤羽ホール(石川)

11月8日(金)ロームシアター京都サウスホール(京都)

11月9日(土)長泉町文化センター ベルフォーレ(静岡)

11月16日(土)神奈川県民ホール(神奈川)

11月17日(日)神奈川県民ホール(神奈川)

11月22日(金)鹿児島CAPARVO HALL(鹿児島)※ライブハウス

11月24日(日)ナムラホール(沖縄)※ライブハウス

 

CRAZY KEN BAND TOUR PACIFIC 2020

2020年追加公演

1月23日(木)町田市民ホール(東京)

2月8日(土)アイプラザ豊橋(愛知)

2月15日(土)厚木市文化会館大ホール(神奈川)

2月29日(土)府中の森芸術劇場どりーむホール(東京)

 

クレイジーケンバンド02

チケット情報は公式HPでご確認ください。

 

 


 

クレイジーケンバンド 横山 剣(よこやま・けん)

 

クレイジーケンバンドのフロントマン 横山剣さん

 

PROFILE

1960年生まれ、59歳。神奈川県出身。

小学校低学年から独学でピアノを弾き作曲を始め、小学生のときに中古レコードの実演販売を体験し音楽にのめり込んだ。

81年にクールスRCのコンポーザー兼ヴォーカルとしてデビュー。

97年春にクレイジーケンバンドを結成し、2005年に「タイガー&ドラゴン」が同名ドラマの主題歌として大ヒットした。数多くのアーティストとコラボ、楽曲提供もしている。

デビュー21年目の今年は8月にニューアルバム「PACIFIC」をリリース。現在このアルバムを携えてのツアー真っ最中。年明けには追加公演も決定。

 

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この記事を書いた人

編集部 テラモト

編集部 テラモト

WEB編集者。千葉市生まれ、千葉市在住のアラフォー。編集プロダクションなどを経て「ちいき新聞」編集部へ。甘いものとパンと漫画が大好き。私生活では5歳違いの姉妹育児に奮闘中。

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