千葉県八千代市のプロダクトデザイナー、吉田真也さんがデザイン。藍色のメダルケースに詰め込んだ、日本の技術とおもてなし

来年夏に迫った、東京2020オリンピック・パラリンピック。

世界規模の大会には、それを支える大勢の人たちがいます。

メダルケースをデザインしたプロダクトデザイナー・吉田真也さんもその一人。

公募でデザインが選ばれたときの喜びや、デザインに込めた思いを聞きました。

オリンピックメダルデザイナー吉田真也さん

プロダクトデザイナー 吉田真也さん(35歳)
1984年生まれ。千葉県八千代市在住。自動車整備士を経て、プロダクトデザイン(製品デザイン)の道へ。2012年に『SHINYA YOSHIDA DESIGN』を設立。日用品のプロダクトデザインからエンジニアリングまで幅広いプロジェクトに参加している。

公開 2019/10/09(最終更新 2021/07/23)

扇原朋子(OT)

扇原朋子(OT)

編集者&ライター。千葉県に抱かれて、のびのびと育ちました。好きな食べ物はたまご。ラジオをよく聴いています。名前は「おぎはら」と読みます。

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メダルケースのデザインは公募で決定!

メダルケースメダルあり

©Tokyo 2020

 

――東京オリンピック・パラリンピックのメダルケースの公募があるというのはご存じだったんですか?

僕は知らなくて、北海道の津別町にある山上木工さんからお話があって知りました。

山上木工さんはNC加工という機械加工を得意とする木工会社なんですが、2016年に僕がお客さんとして山上木工さんに木工の製作物を依頼して以来仲良くさせてもらっていて。

その山上さんから昨年9月末に「メダルケースの公募がありますが、デザインできませんか? 締め切りは10月なんですが…」って連絡がきたんです。

 

――応募期間が短かいですね。

そうなんです。

でも厳しいスケジュールですが、僕とやり取りしてくれている山上木工の専務は、僕と同じ35歳なんですね。

同じ歳で意気投合して、数年間仕事をしてきた中でのありがたいオファーだったので、やれるかどうかより「やります!」ってすぐ言いました。

実質デザインにかけられたのは2日しかなかったですね。

 

――2日!応募にはデザインの条件はあったんですか?

メダルのサイズが直径85㎜、厚み8.5㎜。まずそのメダルが入って、メダルのリボンがしわにならないように収納できて、ケースに入れたまま飾れるという条件がありました。

予算も提示されていましたね。

 

――細かい条件があるんですね。

過去のメダルケースは収納機能だけだったので、リボンがしわになったり、選手がメダルをなくしてしまうそうなんですよ。

飾らないとなくしてしまうので、飾れるようにしてほしいと。

なので、我々の作ったケースは、側面を切ってケースを立たせ、ふたは磁石で留まるようにしているので、ふたが付いたままメダルがしっかり見える形でディスプレーできるようになっています。

 

メダルケースメダルなし

▲ケースの中にはリボンを収納できるくぼみがあります

 

――材質も条件があったんですか?

環境負荷が低いものにするといった条件がありましたね。

一番大事なのは、100年後、200年後に同じ品質で保ち続けられる材質。

あらゆる国に持って帰ってもらうので、温度や湿度が変わってメダルが入らないとか壊れたとならないようにしないといけないんですね。

我々は最初から木で提案しようと考えていて、その中でも品質が維持できて木目の美しいタモの木を選びました。

タモは100%北海道産、全部国産です。

 

――藍色にしたのはなぜですか?

オリンピックもパラリンピックもエンブレムの色が藍色ですよね。

藍色って、戦国武将が濃い藍色を「勝ち色」として甲冑に使っていたという話がある縁起のいい色なんです。

エンブレムも藍色ですし最も日本人になじみの深い色なので、使わない手はないなと。

塗装することで木の風合いを保ち続けられて、日本らしさも出て。

あくまでもメダルが主役なので、控えめで落ち着いた色にしようということで藍色にしました

 

――メダルがとても映えますね!

そうですね。

とても深い藍色にしているのでパッと見は黒っぽく見えても、奥に青みがあるような感じです。

でも光が当たるとかなり青く見えますね。

この色に行きつくまではかなり調整を重ねて試作をして。

デザイン決定後も10カ月くらい改良を重ねて、今年7月のオリンピック1年前イベントでメダルと一緒に発表となりました。

 

――発表までは秘密だったんですか?

はい。国家機密としての取り扱いで、家族にも言ってはいけないという厳しい契約を交わした上で動いていました。

 

――家族にも秘密!すごいことに関わることになりましたね。吉田さんのデザインに決まりましたと聞いたときはどんな気持ちでしたか?

いいデザインができたので一次審査は通るつもりでいました。

なので、結果を聞いた時は割と落ち着いていて。

二次審査は実物を作っていかないといけないんですね。

提出期間は短かったんですが、二次が重要なので本物を作ろうと、山上木工さんと毎日テレビ電話で打ち合わせして完成させました。

二次審査に通ってびっくりした半面、すごくいいデザインができたので、良かったなって。

4年前に山上木工さんで山上裕一朗専務と出会って、我々は次にものづくりを担っていく世代なので、デザインで何か貢献できないか考えていたときにまたとないチャンスが来て、それが取れた。

それに対する喜びは、「ヤッター!」って感じじゃなかったんですよねぇ。しんみりというか、じんわりというか。

「すごいな、ありがたいな」って噛み締める思いでした。

藍色の木目が印象的。世界で1つだけのメダルケース

東京オリンピックのメダルケース

©Tokyo 2020

 

――メダルケースはどこで作るのでしょうか?

山上木工さんが約5400個を1つ1つ仕上げていきます。

機械で形を削って、それを職人さんがサンドペーパーで磨いて。

下地ができたところに塗装が何工程も入るんです。

木工のノウハウがないと簡単にできるものではない。

それを5000個以上作るっていうのは、本当に手間のかかる大変な作業。

山上木工さんも嬉しい半面プレッシャーも感じられてると思いますが、「選手に喜んでもらいたい!」という思いで、最高のものを作っていますね。

 

――ふたの表面にきれいな木目が出ていますが、木目の出方はどのようになるのでしょうか?

まっすぐのものもあれば、丸く出るものもあったり、5400個全て違います。

だから本当に世界で1つだけのものですし、選手も「僕だけのものなんだ」と喜びが出るように、我々が木目が生きてくる仕上げにする。

これは、応募時から決めていて、藍色の中に木目が深く浮かび上がるようなデザインです。

 

◆東京2020オリンピックメダルができるまで
(TOKYO2020公式ホームページより)

↓メダルケース製作の様子は1:23から!

©Tokyo 2020

 

――ふたも一緒にディスプレーすることでとても印象的になっていますね。

そうですよね。

メダルのふちにそって文字が入っているんですが、ディスプレーするときに、文字にふたが重ならないように調整しています。

文字とふたの位置がギリギリだと美しくないし、ある程度余白を持ってきれいに見えて、かつ、磁石が有効に効いて。

磁力をしっかり出すために磁石の位置を0.1ミリ単位で動かすとかしながら、3Dプリンターで作ってみたり、実際に木で作ってみたり。

200個、300個作って、完成しました。

 

プロダクトデザイナーの吉田真也さん

▲ふちに埋め込んだ磁石が強力!

 

――すごい! でも、ふたを付けなくてもディスプレーとしては成り立ちます。そこまでこだわったのはなぜですか?

ふたの木目がすごく美しいのと、組織委員会の審査チームからの意見でも、ふちだけに木目が見えるより、表紙として木目が見えたほうが良いよねってコメントもありました。

木目がエンブレムと一緒に見えるのには価値があるので、僕らもかなり難しいチャレンジにはなったんですけど、実現できるポイントが見つかったので何とか…。

 

――今までメダルケースのことを考えたことがなかったので、こんなに心を配って作っている方がいるのを知ると、オリンピックの見方が変わりますね。

そうなると嬉しいです。

アスリート中心の祭典ではあると思うんですが、日本の技術者やデザイナーなど、支えている人や貢献している人が大勢いるって、初めて自分でも体験して学んで、僕自身オリンピックに対する注目度はいろいろ変わってきましたね。

「これを作った人がいるんだ」って、もう一度感動があるというか、興味が湧くというか。

 

――吉田さんは選手にケースが渡されるところに立ち会えたり、会場で見たりできるんですか?

立ち会えないですね。

チケットも忙しくて申し込めていないので、今のところオリンピックを見に行くことはできないですね。

 

――メダルケースはどのタイミングで選手に渡されますか?

僕も知らないのですが、渡される様子はテレビでは見ることはできないかもしれません。

だから渡った後に選手の方がインスタグラムとかメディアに紹介してくださるのをすごく楽しみにしています。

自分がデザインしたものが、アスリートの中でもトップの方の手に渡って自宅に持って帰ってくれるって、そんな光栄なことってないですよね。

シンプルなのに高機能。工学の知識が活きたデザイン

吉田真也オリンピックメダルケースのデザイナー

 

――もともとは自動車整備士のお仕事をされていたと聞きました。

そうなんです。

習志野にある千葉トヨタ自動車の工場で国家自動車整備士として働いていました。

そこから脱サラして、デザイン・ものづくりの専門学校に入り直して。

 

――そこからデザイナーになるんですか?

整備士として働いて部品に毎日触れることで、「この部品を設計している人がいる」って初めて気付いたんです。

一つの小さな部品でも設計者の「お客さんを安全に運ぶ」とか「より強いパワーを生み出す」という思想や工夫が込められているっていうのに気付いた時に、僕の琴線に触れて「設計者ってなんてかっこいいんだろう!」って。

 

――自動車整備の仕事はデザインの仕事に活きているのでしょうか?

すごく活きていますね。

車の設計は究極なんですよ。

究極に軽くして、究極に安全にしなきゃいけなくて。

素材の知識も工学の知識も全て集約されたのが車なんです。

設計の引き出しが自動車部品を通して体に蓄積されているわけで、メダルケースを実現させようってなった時、構造とか機能とか材料とか、工学的な知識をベースにして工夫ができるんですね。

 

――曖昧なデザインにしてはいけないんですね。

プロダクトデザインって、絵を描く技術とは違うんです。

「この感じが素敵でしょ」ではなくて、計算した上でこの角度が一番安定するし、メダルが見える角度としてもふさわしいと導いてきたり、必要な機能に対して答えを出すような作業。

論理ベースなんですよね。

 

――普段のデザインで吉田さんがテーマにしていることはありますか?

それがまさに「最小限で最大限の効果を生み出す」ということですね。

いかにシンプルな中に要素を凝縮していくか。

簡素のシンプルではなくて凝縮されたシンプルなんですね。

圧縮して圧縮してエキスを抽出するみたいに要素を研ぎ澄ませていくと、これができたっていう感じ。

普段の仕事でも意識している部分ですね。

それを支えているのは工学のバックグラウンドですね。

 

――今後、挑戦したいことはありますか?

今回、山上木工さんと取り組みましたが、木工業界って衰退業界という側面もあるんですよね。

技術の継承ができていないとか、若い人が入ってこないとかで衰退していく地方の産業に、デザインの力を生かして何かしら貢献したいなと考えています。

 


東京2020オリンピック・パラリンピックでは、メダル・リボン・メダルケースが一体となって1つの作品のようになっています。

公式ホームページでもチェックしてみてください!

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©Tokyo 2020