飯間浩明さんインタビュー
辞書を編むとは?辞書を作っている人ってどんな人??

『広辞苑』が10年ぶりに大改訂され1月12日に発売されるなど何かと話題の辞書。

そこで、辞書を編む人にインタビュー!

日々言葉を集め、どの言葉を辞書に載せたらいいかを考え、選び抜いた言葉を説明するのが「編さん者」の仕事。何だかお堅いイメージがします。でも、飯間さんは言葉の変化を楽しんでいる様子。いったい言葉や辞書に対してどんな思いを持って向き合っているのでしょうか?

教えて、飯間さーん!

 

飯間浩明さんに辞書をつくるということを聞きました

国語辞典編さん者 飯間浩明さん

PROFILE
1967年、香川県高松市生まれ。国語辞典編さん者、日本語学者。『三省堂国語辞典』編集委員。著書も多数あり、最新刊『小説の言葉尻をとらえてみた』(光文社新書)は、小説の中で語られた言葉を辞書編さん者ならではの視点で解き明かす、異色の小説探検。自身のツイッター(@IIMA_Hiroaki)では、言葉の面白さを発信している。

 

ーーー言葉に対して敏感にならないといけない仕事ですが、敏感になる秘訣は何ですか?

いかに古い感覚を保つか、ということですね。例えば「きてる」という言葉。関心が高まっているという意味ですが、新しい感覚だと「いま辞書がきてます」といわれても理解できてしまう

古い感覚だと、「どこから来るのか」と注意が向きます。だから新しい辞書をつくるには、古い感覚を持って新しいものを受容する感覚がないといけないわけです。

私は古い人間ですから「マフラー」をいまだに「えりまき」と言っています(笑)。

 

ーーー新しい言葉や言葉の新しい意味はどのように見つけるんですか?

自分の知らない用法が現れたら、それは新しい言葉かな?と思います。個人の勘違いで使われた言葉は新しい言葉とはいえませんが、その言葉が広まれば個人の勘違いとはいえなくなります。

そのうち識者が出てきて「言葉が乱れてる」と言うようになれば、その言葉はもう一大勢力。そうなると辞書編さん者としてはそろそろ興味が出てきて、辞書に載せようかと検討し始めます

言葉によっては追跡すると年代や言い始めた人が特定できる場合もあるんですよ。

 

辞書編さん者飯間浩明さん

(集めた言葉はスマホに五十音順に記録しています。昔は手書きでしたが、今は手書きだと間に合いませんね)

 

ーーー辞書は使う人が判断材料にするもの。責任重大です。

そうですね。いろんな人が言葉について「正しい」「間違っている」と言っています。

それに対して辞書は「要するにこうですよ」と一番信頼できることを言わなければいけません。本来辞書は「それは間違いですよ」と言ってはいけないんです。言ってる辞書もたくさんあるんですが…。

でも、私はそれは良くないと思っています。なぜなら、どの言葉もある面では絶対正しいんです。だからこそ存在が許されているわけで。

例えば、ある辞書では「違くない」という言い方は×、「違わない」と言いましょうと書いてあります。でも実際は会話として使われています。辞書が×と言ってしまうと、あらゆる場面で×になってしまうので、「『違くない』は会話で使われます。文章ではあまり使われません」と、事実を示せばいいんです。

辞書自体が言葉を裁判してはいけない。判断するのは使う人自身。辞書は相談相手なんです。

 

ーーー言葉の意味や使用法が変わることをどう思いますか?

なんとも思いません。

言葉が変わらなかったら、日々移り変わる事象に対応できませんから。インターネット、ブログ、ツイッターができたのに、言葉が変わらなかったらそれらを表現する言葉がないですし、「炎上」を従来の意味だけではなく、新しい事象に対応させないといけないですね。

私たちは20年前の言葉が分かりますが、20年前の人は20年後の言葉は分からないと思いますよ。20年前の人が予測できない世の中になっているのに、言葉だけが変わらないというのはおかしいですよね。言葉の「変わる」という性質は根本的なもの。

言葉を○×で判断するのではなく、その言葉で相手に伝わるかどうかが大切です。

 

以上、飯間さんのインタビューでした。飯間さんが手掛ける『三省堂国語辞典』は「要するに」が分かる辞典。生活で使う言葉や話し言葉、ネット用語などの俗語の掲載も多いそう。

失礼ながら、辞典はどれも同じかと思っていましたが、作り手の言葉への思いや考えがたっぷり詰まっているんですね。

どんどん変化していく言葉の中から、伝わる言葉を選んで使うのは自分自身。さて、どの言葉を使おうかしら。迷ったときは国語辞典に相談ですね。

 

最後に…
「その意味間違ってます!」と言われている言葉たち。でも本当に間違いなの?飯間さんに聞いてみました。

誤用のウソ・ホント

 ーーー敷居が高いーーー

「『義理を欠いて訪ねにくい』が正しい意味、それ以外は誤用」と、日本語本やビジネスマナーの本で書いてあるので、それが広まってしまったんです。

でも事実は、遅くとも戦後から「近寄りにくい」の意味で、1980年代には「気軽に体験できない」という意味で使われています。誤用といわれてしまう言葉の代表的な犠牲者ですね。

ーーー爆笑ーーー

「爆笑は大勢ですることです。一人で爆笑するのは間違い」と言う人がいますが、昔から爆笑は何人でもよかったんです。

だから、三省堂国語辞典には「何人でもよい」と書いてあります(笑)。

 ーーー愛想を振りまくーーー

正しくは「愛嬌を振りまく」と言われますが、「愛想を振りまく」も百年以上の歴史があり、文学的表現として実例に富んでいます。

どちらもたいした違いはなく、「愛想を振りまく」は誤用ではありません。

 

※こちらの記事は「ちいき新聞」(一部エリア)1月26日号辞書特集に掲載された記事を再編集してお届けしています。

 

 

この記事を書いた人

ちいき新聞web編集T

ちいき新聞web編集T

習志野市在住。生まれも育ちも千葉県です。お出かけ大好き!3児(女・男・男)の子育てに追われながら「ちいき新聞」編集部で日々楽しいことを探しています。

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