知られざるビスクドールの世界アンティークドールを楽しむ5つのポイント
豊かなブロンドヘア、長いまつ毛に縁取られたパッチリとした目、子どもの頃に夢見たような豪華なドレス。
アンティークドール(ビスクドール)といえばこんなイメージですよね。
でも! こういう人形って、かわいいけれど、なんというか、ちょっと怖い…。
一部の愛好者を除くとあまりなじみのない存在なのかもしれません。
かくいう私もそうでした。この取材をするまでは…。
実はビスクドールってとっても奥が深いんです! 知れば知るほど面白く、作家さんの技術と英知が詰まったいわば芸術作品なのだと実感しました。
お話を伺ったのは、千葉県市原市在住のドール作家・谷井真由美さん。
ビスクドールに魅せられた谷井さんの半生も交えて、ビスクドールの知られざる世界をほんの少し紹介いたします。
公開 2019/09/04(最終更新 2023/03/07)
編集部 モティ
編集/ライター。千葉市生まれ、千葉市在住。甘い物とパンと漫画が大好き。土偶を愛でてます。私生活では5歳違いの姉妹育児に奮闘中。★Twitter★ https://twitter.com/NHeRl8rwLT1PRLB
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ビスクドールとは
ビスクドールとは、「アンティークドール」「フランス人形」と呼ばれることもある、おもに少女や女性の姿をした人形のこと。
ビスクドールの「ビスク」は、ラテン語で二度焼きを意味する「ビスキュイ」が語源といわれています。
人形の顔やボディを窯で焼いて作るため、または、釉薬をかけずにマットな質感に仕上げるため…と由来には2つの説がありますが、前者が一般的だそうです。
ポイント1ビスクドールの歴史を知る
ビスクドールの歴史は、18世紀のフランスで始まりました。
当時のフランスといえば、華やかなロココ文化が花開いた貴族の時代。
ダチョウの羽をふんだんに使ったドレス、細やかな銀の刺繍が施されたジレ…。
貴族たちは競い合うように豪華絢爛な衣装を仕立て屋に作らせ、身にまとっていました。
しかし、注文通りに仕立ててもわがままな貴族からはイメージと違うなどの理由でキャンセルされることもしばしば。
困り果てた仕立て屋は、サンプルとしてミニチュアのドレスを作り、それを人形に着せて、制作前に発注者に確認してもらうようになります。
その人形もはじめは簡素なものでしたが、顔やヘアスタイルをかわいらしく作ることで、ドレスも引き立ち、貴族たちの反応も上々。
次第に人形自体の制作にも力を入れるようになったのです。
いわゆる「ファッションドール」がこうして誕生しました。
やがてファッションドールを目にした子どもたちから、「自分のお友だちにしたい!」という声が聴かれるようになります。
(谷井さんが制作したべべドール)
そうして6~7歳の幼児をモデルにした「べべドール」が作られると、子どもたちの間で大流行。
それまでの人形は、呪術やお守りとして用いられることが多かったのですが、この時代から子どもたちの「玩具」という新たな役割を担うようになったのです。
ビスクドールの製造会社として有名な「ブリュ」と「ジュモー」が設立された19世紀のフランスは、ビスクドールの最盛期。
現在でもこの2社のビスクドールは数千万円で取引されることもあるほど高い人気を誇っています。
19世紀の終わりには、「ブリュ」「ジュモー」などの製造会社が統合され、「S.F.B.J」となりますが、市場のシェアは量産型のドイツが台頭。
二度の大戦を経てセルロイド製など安価なものが主流となり、ビスクドールの黄金時代は幕を閉じます。
そんなビスクドールの復興に努めるのが、アメリカで生まれた「国際ドール アーティ ザンギルド(DAG)」というシステム。
肌の色、まつ毛の色や角度まで細かく基準が設けられ、優秀な指導者による勉強会や技能試験を定期的に実施。
一時は途絶えてしまったビスクドール製造の歴史ですが、DAGの尽力のおかげで、再び高いレベルに引き上げられ、現在でも高クオリティな人形が生み出されるようになったそうです。
ポイント2ビスクドールのパーツを知る
各パーツ一つ一つにもこだわりが光ります。
<ヘッド>
ビスクドールの顔は磁器でできています。
粘土をこねて成型し、窯で焼き上げます。
初期に作られたドールは口を閉じているものが多く、「クローズドマウス」と呼ばれています。
顔から胸部が一体となった「ショルダーヘッド」、首に角度を付けた「ターンヘッド」、頭部がドーム型になった「ドームヘッド」などがあります。
<ボディ>
顔が磁器なら、体は何でできてるの? 実はいくつかパターンがあります。
最もポピュラーなのが、おがくずや粘土などを混ぜ合わせて作られる「コンポジションボディ」。
ヤギ革などに詰め物をした「キッドボディ」は初期のドールによく見られます。
すべてが磁器でできた「オールビスク」は、重量感があるので小さい人形に用いられることが多いそう。
このほか、木製の「ウッドボディ」、関節部分が稼働するタイプなどがあります。
<アイ>
基本的に、ビスクドールの目はガラス製です。
「ブリュ」や「ジュモー」のドールに採用されていた「ペーパーウェイトアイ」は、中が空洞ではなくペーパーウェイトのようにガラスの塊でできており、複雑な模様が特徴。
一方で吹きガラスで作られたものは「ブローアイ」と呼ばれます。
傾けると眼球が動いたり目を閉じたりする「スリープアイ」もあり。
ポイント3ビスクドール作家を知る
ビスクドール作家 /(株)ドリームスカイ 代表
谷井真由美さん
<取材/すいれん>
素材に妥協はしない。全ての工程が手作り
谷井真由美さんは、子どもの頃から物作りが大好きで、さまざまな素材を使って人形を制作。
20代になり、人形の黄金期といわれる18〜19世紀初頭のヨーロッパで貴族に人気だったビスクドールに憧れるようになったそう。
ビスクとはラテン語のビスキュイが語源で、二度焼きの意味。
頭部は1300℃で焼成した磁器で作られ、目のガラス、土や絵の具、衣装素材などを海外から取り寄せることも頻繁です。
ヘッドの土作りからボディの組み立て、カツラ、衣装の縫製など、完成まで全て手作り。
それでも谷井さんは、制作に費やす時間や大変さをあえて語りません。
素材に妥協せず全力投球の職人気質が、谷井作品の特徴である凛とした美しい存在感のある人形を生み出すのでしょう。
親から子へ受け継がれる人形
「美しい磁器ドールを、親から子へ何世代も受け継いでいってもらうのが私の夢。人形には思い出や時代、文化など大切な物が託されている気がするからです」。
谷井さんは、人形の修理修復も手掛けています。
新しい作品を作るよりも難易度が高く、技術や知識が必要。
そこには人から人へ、愛され受け継がれる人形を守る気持ちが強いと話します。
「もう辞めようと思う時もあるけど、ごくたまに、私の力ではなくて、お窯の神様に愛された子が生まれてきます。作れた!!そんな感動があるのでやめられない」。
作家歴40年の谷井さんが笑顔になる瞬間です。
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ポイント4ビスクドールの魅力を知る
一体のビスクドールを作るのに驚くほどの手間と時間がかかっています。
職人技が凝縮されているといっても過言ではないビスクドールを一度じっくり鑑賞してみませんか?
魅力その1 服やドレスに注目
ビスクドールの衣装は、すべて作家さんが手作りしています。
18~19世紀フランスの風俗や文化を理解した上で、衣装に使う布やレース、ビーズなどの素材を選び、デザインを考えなくてはいけません。
靴一つとっても、革をカットし、周囲を糸でかがって…と気の遠くなるような作業が続きます。
こちらは谷井さんからお借りした製作途中の靴。
ここまでやるのに片足だけで6時間もかかったそうです…。
その中で、作家のオリジナリティをどう出すかというのも腕の見せ所。
谷井さんは、駆け出しの頃にコレクターさんのおうちにお邪魔して、たくさんの「本物」を見ることで目を養ったそうです!
魅力その2 好きな顔立ちを見つけよう
手作業で作られるビスクドールは1点1点、顔が異なります。
ロングフェイスと呼ばれるやや面長の顔立ちや、目の色や大きさ、吊り目かたれ目かなどの違い、表情もさまざま。
「なんかこの顔好き!」と直感で思うドールに出合える楽しさも鑑賞の醍醐味です。
その日の温度や湿度、窯の具合などによって、焼き上がりが読めないのがビスクドール製作の難しいところ。
谷井さんは「窯の神様次第」と表現されていましたが、この道40年のベテランにしてみても、完璧にはコントロールできないほど難しい工程なのです。
ご自身いわく、何百回かに1回くらい、信じられないほど完璧な顔が焼き上がるそう。
世に出るビスクドールは、そんな奇跡的な確率から生み出されているのかと思うと、一層価値を感じられますよね。
人形の印象を左右する目はガラス製。
イメージ通りのものが見つからなければ、作家さん自らガラスを吹いてオリジナル品を作るそうです!
魅力その3 魅惑のオートマタ
ビスクドールの中には、動く・しゃべるなどの動作をする「オートマタ」と呼ばれるメカニカルなタイプもあります。
19世紀当時から、「ブリュ」や「ジュモー」でもウォーキングタイプやボイス・ボックス内蔵でおしゃべりをしてくれるタイプなど、数々のオートマタが作られていたというから驚きです。
こちらは谷井さんの作品の一つで、1995年の国際ドール アーティザン ギルド(DAG)世界大会・オートマタ部門 最優秀ロゼッタ賞を獲得したものだそう。
魔法の杖を振り下ろすと、テーブルの上に小物が登場するという凝った仕掛け。
からくり部分も谷井さんが歯車などを組み合わせて作り上げました。
【ビスクドールの価格と価値】
ビスクドールは100年以上前のアンティークであれば数百万~数千万円で取引されています。
磁器なので破損しやすく、戦前のものはほとんど残っていないため、特に有名工房のドールは希少価値が高いそう。
現代の作家作品でも一体数十万円~数百万円が相場。
一般市民には、なかなか手が届かない価格帯ですが、焼き物、縫製、デザイン、ガラス工芸、メカニカル…とさまざまな職人技が集結したと考えれば、納得のお値段かもしれません。
上記写真は谷井さんの完全オリジナル作品。
このようなドールは型を作るだけでも2年かかるなど、伝統的なビスクドール作りとはまた違った大変さがあるそうです。
多岐にわたる技術を習得されている谷井さんをはじめ、作家のみなさまに感服いたしました!!
ポイント5ビスクドールを見に行く
今回お話を伺った、谷井真由美さんの個展が2019年秋に東武百貨店船橋店で開催されます。
伝統的な手法を踏襲したクラシカルなビスクドールから、現代の解釈を加えたモダンドールまで、新作を含む谷井作品60点が集合。
ぜひ会場に足を運んで、ビスクドールの魅力を直に感じてみてください!
「~永久(とわ)なる夢の中~」
開催日時/2019年9月26日(木)~10月2日(水)
場所/東武百貨店船橋店 5階(美術画廊)
入場料/無料
電話番号/047₋425₋2211 東武百貨店船橋店
谷井真由美 公式HP