【千葉の奇祭】宮司さんに大根を投げつける!?
千葉県山武郡芝山町山田のあらい祭りとは

「宮司さんに大根を投げつけるお祭りがあるらしい」

編集部にそんな噂が飛び込んできました。

 

日本にそんなアグレッシブな祭りが!? というか、そもそもなぜ大根を投げるのか??

気になって調べてみたのですが、

・千葉県山武郡芝山町山田という地区で行われている「あらい祭り」(または大根祭り)というお祭り

・毎年1214日に開催される

・1カ月前から子どもたちが小屋を作り、それに火を放つ

・大根を投げる

ということくらいしか分からない…。しかし大根を投げる上に小屋を燃やすとは!

これはこの目で確かめに行くしかない! と、祭り当日、山田の集会所へお邪魔しました。

「神の食」をいただく

 

集会所に着くやいなや町の皆さん大歓迎。

早速大根とかぶで作られた男女の「神物」(写真は自粛)を満面の笑顔で見せてきます。

 

明るい!

なんだかとても明るい!

 

一瞬で山田の虜になる筆者。

山田には5つの地区があり、毎年各地区が「当番」となって祭りを取り仕切ります。つまり、5年に一度当番が回ってくるということ。2017年の当番は「沖組」。子宝授恵・子孫繁栄を願うという見事な「神物」も、当番地区の人が手作りしたのだそう。

次の年の当番地区を「来当」と言い、来当の地区の人はお囃子などを担当して今年の当番をサポートします。

 

集会所の台所では、当番地区の奥様方がせっせと食事の準備。いくつもの大きなお鍋に煮物がたくさん。前日から準備しているのだそうです!

11時頃からお昼ごはんが始まり、七五三・元服を迎えた子どもたち、町長さんなど来賓の方々、来年の当番地区&今年の当番地区の皆さん、そして我々取材陣や見学に来ていたお祭り好きの一般の方まで、その場にいる全員に順番に振る舞ってくれます。

この慣習は、祭り当日は村中「鍋かけず」と言って、各家のカマドには火を焚かず、当番の家に集まり「神の食」を食べたことから来ているとのこと。

このお祭りは七五三・元服のお祝い、そして火災除けの意味もあるわけです。

江戸時代から160年以上続くお祭りですが、今までに2度だけやらなかったことがあって、

その時に火災が発生したとか。そ、それはもうやめられない!

 

これが「神の食」です。カレンダーの裏に手描きされた図が伝統を繋いでいます。

 

 

図々しくもご相伴にあずかる筆者(この時にはもうすっかりおばあちゃんちにいるような気分になっています)。

 

「この町にお嫁に来たら大変だなぁ…」

独り身の筆者、いらぬ心配。

山田地区に嫁いで7年目という女性に話を聞くと、

「結婚する前にこんなお祭りがあるなんて聞いてなかったです。

でもそのうち慣れるかな。」

と笑いました。

七五三の晴れ姿にお父さんの喜びもひとしお

 

七五三・元服の子のところへ獅子舞も登場!

 

 

ちなみに祭りは日付固定なので、平日の場合は地区長名で学校に早退届が出され、午後から子どもたちも祭りに参加するのだそうです。

 

今年七五三の加藤幸輔くんのお父さん、加藤秀隆さんにお話を伺いました。
加藤さんは生まれも育ちも山田です。

―息子さんの七五三を祝ってもらってどうですか

 いや~うれしいですね。(←ホントにうれしそう!)。自分も子どもの頃にお祭りでお祝いしてもらったことを覚えているんで。その時は子どもがたくさんいましたね。当時はなんだかよく分からず、「寒いのになんでこんなところに」と思ってた。だから友達とふざけてたら神主さんに怒られちゃった。

 

 

親子三世代勢揃いの加藤家。

あぁなんて幸せな家族の光景…眩しすぎて言葉にできない。

筆者の頭の中に小田和正が流れてきます。

 

いよいよ大根投げ!しかし問題が…

 

食事が終わると引き継ぎ式。

神主さんを前に、今年の当番と来当が引き継ぎを行います。

そして13時過ぎ、ついに大根投げの時!

しかし今年はひとつ問題が…

町で1人しかいない神主さん、ご高齢の上今年は祭りの直前まで体調を崩されていたとのこと。

とてもそんな神主さんに大根なんてぶつけられない!!

 

というわけで、今年は代役の方が大根を投げつけられる役に。

神主さんじゃなくてもいいんだ(笑)。

 

集会所の裏山の上にある大宮神社(通称おぼすな様)前には、1カ月前から男の子達が「カヤ」を集め、竹でやぐらを組み、その「カヤ」を詰めて小屋を作ってあります。

子どもたちは、神主さん(今回は代役)たちが大宮神社の正面から入るのを阻止するため、小屋に火を放ち、大根を投げつけます。

これが投げつける大根。結構でかい。神社までの道中、あちこちに置いてあります。

 

 

先代の神主さんは大根が首に命中し、怒って次の年来なかったことがあるのだとか。 

投げられる側は「むしろ」でガード。子どもたち、容赦ない。

 

 

大根投げは、合戦を模したものなのだそう。

戦国時代、この地にあった金光寺で行われた「金光寺合戦」と関わりがあるといわれています。

江戸時代に書かれた戦記物「山室譜伝記」によれば、坂田城主(現横芝町)の三谷大善が芝山町大台の武将・井田友胤(いだともたね)によってだまし討ちにされたという戦いです。

三谷軍勢は金光寺に立てこもりましたが、井田友胤の軍勢によって火を放たれてしまいます。

山田村の人々は、その後起きた三度の大火事を三谷大善のたたりだと思い、合戦を現した祭りを行って霊をとむらったのです。

 

 

ごうごうと燃えさかる小屋。

いや、火災除けのお祭りなのに、今目の前で火事起きてるし!!

 

でもこうして子どもたちに火の恐ろしさを伝えてきたのですね。

最後に大宮神社の中で七五三と元服の祝いの儀式がとり行われ祭りは終了。

 

祭りに込める子どもへの想い

 

この祭りで印象的だったのは、

七五三と元服を迎えた子のパパママたちのうれしそうな顔です。

 

 

ご近所付き合いが希薄になっているといわれる今、

町の人みんなに祝われ、見守られ、大きくなっていく

そしていつしか祝う側になる という環境は、ちょっとうらやましく感じました。

 

「子どもたちが宮司さんに大根を投げつける」という、一見罰当たりにも思えるあらい祭りは、

実はとっても子ども想いなお祭りだったのです。

その起源は以下の通り。

 「江戸時代後期の嘉永2年(1849年)、下総国日本寺(現多古町)に修行に来た僧侶が山田村のある家に立ち寄り一夜の宿を頼んだ。宿の主人は、食事をしながら山田村では、子ども達の体が弱く健康に育たなく、病難、災難が多く、どうしたらよいか村人達は悩んでいることを話した。これを聞いた修行僧は、神社に参拝し祭事をとり行い、厄除け祈願をすると良いと教えた。そこで、主人は村人達と相談して、翌年(嘉永311月吉日)に、無病息災・火盗難除・五穀豊穣の祈願を目的として、祭礼を行った。」(芝山町HPより)

 

1カ月も前から小屋を作ったり、大根を投げたりするのも、

寒中に子どもの体を鍛える目的があったのだそう。

大根投げは、子どもたちが元気に育っている証明なのです。

 

結構しきたりはアバウトだし、

意外と地区の人はいちいち起源などは気にしていない。というかあまり知らない(笑)

それくらい自然に、当たり前に、皆さんの生活の中に存在してきたのだろうと思います。

そしていろいろな準備なども大変と思わず、楽しんでいらっしゃる。

山田地区も子どもが少なくなっているそうですが、今回祝われた子たちの子どもや孫の代までずっと、

この幸せな祭りが存続していてほしいと願います。

 

山田地区の皆さん、本当にありがとうございました!

 

 

今回改めて日本の文化、伝統の奥深さを感じました。

きっとまだまだ知られざる祭りがあるはず…

というわけで、我々ちいき新聞web編集は、「イッテQ」のお祭り男・宮川大輔さんばりに、

千葉県・埼玉県周辺の面白いお祭りに潜入していきたいと思います。

 

「地域の奇祭シリーズ」、お楽しみに!

 

山田地区の所在地・あらい祭り詳細はコチラ(芝山町HP)

※祭りを見学させていただく際は、お祝いや儀式の邪魔にならないようマナーを守りましょう。

 

この記事を書いた人

ちいき新聞web 編集M

ちいき新聞web 編集M

春日部市出身、八千代市在住。お酒(ハイボール)と旅好き。勝田台駅周辺の飲み屋のことならおまかせ。

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