【千葉市中央区】大巌寺にまつわる七不思議

千葉市中央区の大巌寺は、1551(天文20)年に道誉貞把上人が創建した学問寺。

1617(元和3)年には朱印領百石を拝領、江戸時代、関東十八檀林の一つとして隆盛したお寺です。

学僧が開山
徳川家ゆかりの寺

この名刹を開山した道誉上人は当代きっての学僧でした。

学問修行を志す若き僧侶たちが全国から集まり、その数、百余人を超えていたといわれています。

また、関東に入国した徳川家康の手厚い庇護を受け、将軍家の位牌所でもありました。

そのため、堂の内外には「葵の紋」が多く見られ、長年の格式の高さをうかがわせます。

それもあってか、現在に「七不思議」が伝承されています。

「七不思議」とはどんなものだろう

七不思議のうちの「虎角の梅」と「樹齢二千年の榊」は枯れてしまったため、その面影を見ることは残念ながらできませんが、最初の七不思議のうち五つは現存しています。

そして近年、新たに「本堂向拝欄間彫刻と『仏力加祐の木』」「鵜の森・不動明王霊験絵図」の二つの「不思議」が加えられ再び「七不思議」となりました。

そのうちの一つが「龍が澤」。

昔、当山の辺りは深い森林に覆われており、龍神がすむと伝わる「龍が澤」という大沢がありました。

ある時、道誉上人がこの沢の水辺で念仏に精進していると、金色に輝く阿弥陀仏が現れ、玄妙な法をお授けになったのだそう。

とそこに、老いた龍女が現れたので、道誉上人は浄土の法を授けます。

すると龍女は、お礼に「龍が澤」に寺院建立を勧めたことから、大巌寺が当地に建立されたといわれています。

もう一つ、「不鳴の池」。

これも道誉上人の話。

道誉上人の下で多くの学僧たちが修行していたが、近くの池では、夏になると無数のカエルが夜通しうるさく鳴き続け、勉学の妨げになっていたそう。

そこである日、道誉上人が池のあぜで一心に念仏を唱え、慈愛を込めてカエルをいさめました。

するとそれ以降、修学時間になるとピタリとカエルの鳴き声が止まったのだとか。

 

「学問の碑」が導く境内の参道は大変趣があり、多くの木々の緑が出迎えてくれます。

歩いていくにつれ心が休まり、不思議なパワーが感じられる場所。

境内の「七不思議」を一つ一つ訪ねて、伝承に触れてみてはいかがでしょうか。

大巌寺の七不思議

①龍が澤(隣の淑徳大学の敷地内)

②不鳴の池(三門の近く)

大巌寺の七不思議 不鳴の池

③虎角の杉

虎角の杉

徳川家康と親交が深かった虎角上人が愛した杉で、この杉の下に座して念仏するのを常としていました。

没後、この遺愛の杉には不思議な瑞祥(めでたい印)が多く現れたのだとか。(池の近く)

④雨降り井戸(虎角の井戸)

大巌寺の七不思議

干ばつの時に雨乞いをした井戸で、たびたびの霊験があったと伝えられています。

(参道の途中の、小道を入った所)

⑤開かずの間

大巌寺の七不思議

罪人や被疑者など、救いを求める人をかくまった部屋(本堂の横の客殿の屋根辺り)

⑥本堂向拝欄間彫刻と「仏力加祐(かゆう)の木」

本堂向拝欄間彫刻

本堂の上り口にある三段の鵜と孔雀、それに龍亀(りゅうき)(龍の頭と亀の体)の彫刻と不動尊の前の巨大なクスノキ。

⑦鵜の森・不動明王霊験絵図

不動明王霊験絵図

宝物殿にある「魚降森(ぎょこうしん)」図と道誉上人にまつわる不動明王の霊験図。

(取材・執筆/ボノ)

※参照「大巌寺の七不思議を解く」(大巌寺発行)

大巌寺

場所/千葉市中央区大巌寺町180(MAP

※宝物殿は月に2回開館。

入場無料。

詳しくは大巌寺に問い合わせを

問い合わせ/ 043-261-2917

 

トップへ戻る

この記事を書いた人

ちいき新聞レポーター

ちいき新聞レポーター

地域に密着してフリーペーパー「ちいき新聞」紙面の記事を取材・執筆しています。

ちいき新聞レポーターの記事一覧へ

あなたにオススメ

チイコミ!プレゼントコーナー