第12回エッセイコンテスト結果発表!

地域新聞社では、おもに「ちいき新聞」の読者のみなさんを対象に、毎年エッセイコンテストを開催しています。

第12回となる今年の募集テーマは「匂いの記憶」。

「ちいき新聞」本紙で4月~6月に募集を行ったところ、実に467作品もの応募をいただきました。

その中から、最優秀賞、優秀賞に選ばれた3作品をご紹介いたします。

このたびはたくさんのご応募、誠にありがとうございました!

第12回地域新聞社エッセイコンテスト受賞者の彦坂美緒さんと児島麻実さんと富永加代子さん

<目次>

・最優秀賞「母を卒業」
千葉県市川市 児島 麻実さん

・優秀賞「土のにおい立つ畑辺にて」
千葉県市川市 富永 加代子さん

・優秀賞「お父さんのカレー臭」
茨城県取手市 彦坂 美緒さん

最優秀賞「母を卒業」
千葉県市川市 児島 麻実さん

息子が家を去った。家出ではない。この春、新社会人となり社員寮に入った。息子が居なくなり、家のにおいが消えた。一言で言おう。臭くないのだ。こう書き出して思わず吹き出した。今頃、本人は職場でくしゃみをしているかも知れない。

私は家事は厭わぬが、これだけは勘弁してくれというものがあった。中学生からこの春に至るまで、長きにわたって洗い続けてきた息子のバスケ練習着である。特に大会帰りは凄い。愛用のリュックにぎゅうぎゅう詰めでお帰りのユニフォーム達は、この世の物とは思えぬ異物である。鼻が曲がるとは、正にこのことだ。匂いではない。臭いである。

男の子の子育ては、日々「臭い」の連続だ。ミルクの甘い匂いで包まれた産着の泣き虫赤ちゃんを、この腕に抱いてあやした時間は夢の束の間。さて第一弾の来たる臭いはおむつとの格闘。集団生活に馴染めば、捻挫やら何針縫ったやら、病院へ駆け込む度にクレゾール臭が新米ママを不安に陥れた。小学校から週末我家へやって来る給食割烹着も滑稽だ。肉じゃが?カレー?胸当はおかず模様の世界地図。鼻を寄せれば献立が目に浮かぶ。毎日真っ暗になって漸く家路につく公園からのお土産は泥の臭いだ。泥団子、鉄棒の赤錆、いざ強力洗剤の出番だ。そして、遂にはここ10年に及ぶバスケ着へと続く。

どんな汚れであれ、意地でも奇麗に真っ白に仕上げる、この母の執念は人並でない。物干し竿に無数に並んだ鯉のぼりの如く、青空へはためく色取り取りのユニフォームを見上げて、母は想う。また頑張れよ。怪我すんな。洗濯物に込めた想いを、彼は知る由もない。親の心子知らず、とは良く言ったものだ。

もう「臭い」は無い。鍛えた心身で日々邁進せよ、と彼の住む街の方角にエールを送る。四月下旬、美しく包装された荷物が息子からひょっこり届いた。香ばしい若狭塗の夫婦箸だ。卒母のこの初夏、新緑がやけに眩しい。

 

第12回地域新聞社エッセイコンテスト最優秀賞受賞の児島麻実さん
児島麻実さん

息子を社会人として送り出す節目、子育てがひと段落ついたかなという節目に、「いくつになっても応援しているよ」という思いを込めて。息子には、私がおばあさんになって死ぬ直前くらいに読んでくれればいいかなという気持ちで書きました。

 

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優秀賞「土のにおい立つ畑辺(はたべ)にて」
千葉県市川市 富永 加代子さん

風薫る五月。私の猫の額程の畑も夏仕度だ。鍬を降り下ろして捉えた土を持ち上げると、ミミズやオケラが大慌てで土の中に潜っていく。彼らは土作りの名人、私の畑のパートナーだ。それを傷つけぬよう繰り返し鍬を振るうと、清涼として漢方薬にも似た土のにおいが漂ってくる。

この土のにおいは、一つの思い出に繋がる。掘り起こした畑からは、一面に土のにおいが立ち込めていた。畝の傍らに両膝をついて拝むように手を擦り合わせて土を解している父を見た。種蒔き直前の仕事だが、土に向かって合掌しているような様子は、神聖な儀式のように見えた。

定年退職した父は幾つかの誘いを断って、老母(おいはは)の話し相手と畑を耕す道を選んだ。ジャガイモや大根を作っては、私や妹に届けてくれた。形の良い品を私達にくれ、自分は捻(ひね)た野菜を食べていた。

父の野菜は大地のにおいがして美味しかった。実家に帰るといつもさつま芋を蒸(ふか)して待っていてくれた。もらった野菜をどのようにして食べたかを話すと目を細めて聞いていた。

六十才を過ぎたら欲張らず、晴れた日には大地を耕す。人間は自然の恩恵を受ける身。晴耕雨読。そして、感謝だと、畑からの帰り道に父は私に話した。

私も仕事を退めたら畑を手伝うつもりだったが、それは叶わなかった。父の死後十年。私は家の近くに小さな畑を借りている。すでに雲雀は去り、燕が忙しく飛び回っている。一人、畑仕事をする時、作物に声をかけ、土に触れ、風に耳を傾ける。耕した土を解しながら、次に蒔く種子の芽吹きを思う。それを食べるであろう家族に思いを馳せる。そして、懐しい父の姿を思い出す。

土のにおいの立ち込める畑で、終日(ひねもす)大地を耕しながら、私は元気の素をもらっている。

人参を蒔かんと振るふ鍬先に
   いのちの如く土にほひ立つ

 

第12回地域新聞社エッセイコンテスト優秀賞受賞の富永加代子さん
富永加代子さん

これまで日常生活であまり「匂い」を意識してきませんでしたが、今回エッセイを書くにあたり「私はどんな匂いを感じているんだろう」と考えてみました。父を一人ぼっちで死なせてしまった後悔と悲しみをずっと抱えてきたのですが、今回父のことを書いたことで重たい荷を下ろしたような安ど感を得ることができました。

 

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優秀賞「お父さんのカレー臭」
茨城県取手市 彦坂 美緒さん

毎週土曜日は、お馴染みの匂いで目を覚ます。甘くて香ばしくて、とろけるようなカレーの匂い。私はその匂いが好きではなかった。

我が家のカレーはひき肉と茄子のキーマカレー。給食で出てくるようなジャガイモのごろごろカレーが好きだった私は、休日の食卓が憂鬱で仕方なかった。土曜日の朝に作ったカレーは朝、昼、夜、そして翌日の朝、昼、夜、ひどい時には月曜日の朝まで続く。

なぜ毎週末はカレーの日なのか。それは、週末にだけ家に帰ってくるお父さんの大好物だったからだ。

単身赴任のお父さんは、私にとってあまり身近な人ではなかった。一週間に二日しか顔を合わせないので、毎日会いに来てくれる近所に住むおばあちゃんの方がよっぽど身近な存在だった。

それでも私は、お父さんが大好きだった。体は大きいのに中身は子供のようなお父さんからは、いつも色々な匂いがした。

タバコの匂い。私とお兄ちゃんが喘息を患っているのにもお構いなしで、いつでもどこでも白い煙を吐いていた。服に染みついて取れなくなった、むせ返るようなあの匂い。

トイレの匂い。お父さんの後のトイレは不人気だった。しかし、どうしても我慢できなくなると鼻をつまんで入ることもしばしばあった。

枕の匂い。普段押し入れに詰め込まれている寝具からは、何とも言えない酸っぱい匂いが漂っていた。酔っぱらったお父さんに顔を押し付けられることもあった。理由はわからないが嫌いじゃなかったことをよく覚えている。

今、私たちの家に、お父さんの匂いは残っていない。

鼻にツンと響く薬剤の匂い。消毒液のアルコールの匂い。そして、嗅ぎたくなかったお線香の匂い。

毎週土曜日は、お馴染みの匂いで目を覚ます。甘くて香ばしくて、とろけるようなカレーの匂い。私は相変わらずその匂いが好きではない。

リクエストする人がいないカレーを、私たちは毎週囲んでいる。そんな週末は、お父さんの加齢臭がどこからか匂ってくる気がする。

 

第12回地域新聞社エッセイコンテスト優秀賞受賞の彦坂美緒さん
彦坂美緒さん

父は昨年の夏に他界しましたが、本当に色々な匂いのする人でした。父が亡くなった今、匂いとは人が生きている証だったんだなと実感しています。言葉も、人が生きている証だと私は考えています。脚本家になりたいという夢に向かって、これからも日々言葉と向き合っていきたいです。

 

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この記事を書いた人

ちいき新聞web編集部

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千葉在住の編集メンバーが、地域に密着して取材・執筆・編集しています。 明日が楽しくなる“千葉情報”をお届けします!!

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