『ざんねんないきもの事典』監修者・今泉忠明さんに聞く ゆるい生き方のヒント

生き物たちが進化の過程で身に付けた、ちょっと「ざんねん」な部分に着目した大ヒットシリーズ『ざんねんないきもの事典』(高橋書店刊)。

ユーモラスな絵と文が「面白いのに勉強になる!」と、大人から子どもまで幅広い世代から支持を集めています。

2020年5月に行われた「第2回 小学生がえらぶ!“こどもの本総選挙”」では、1作目の『ざんねんないきもの事典』が2期連続で見事1位に!

 

そんな大人気シリーズを監修する動物学者の今泉忠明さんに、ゆるく生きるヒントを教えてもらいました。

 

お話を聞いたのは…

今泉忠明さん

■profile

動物学者。1944年東京都生まれ。東京水産大学(現 東京海洋大学)卒業。国立科学博物館で哺乳類の分類学・生態学を学ぶ。文部省(現 文部科学省)の国際生物学事業計画(IBP)調査、環境庁(現 環境省)イリオモテヤマネコの生態調査などに参加する。トウホクノウサギやニホンカワウソの生態、富士山の動物相、トガリネズミをはじめとする小型哺乳類の生態、行動などを調査している。上野動物園の動物解説員を経て、「ねこの博物館」(静岡県伊東市)館長。シリーズ「ざんねんないきもの事典」をはじめ著書多数。

 

ざんねんないきもの事典最新刊を持つ今泉忠明さん

▲シリーズ第5弾の最新刊『おもしろい!進化のふしぎ さらにざんねんないきもの事典』(高橋書店)を手にほほ笑む今泉さん

 

 

公開 2020/06/24

編集部 モティ

編集部 モティ

編集/ライター。千葉市生まれ、千葉市在住。甘い物とパンと漫画が大好き。土偶を愛でてます。私生活では5歳違いの姉妹育児に奮闘中。★Twitter★ https://twitter.com/NHeRl8rwLT1PRLB

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上下関係がはっきりしている方が平和

――人間社会に似ているな、という動物の暮らし方を教えてください。

 

今泉忠明さん今泉さん:

群れで暮らす動物の中には、人間のような縦社会で生活するものもいます。

例えばハダカデバネズミ。

トップに立つ女王がいて、兵隊ネズミ、布団の役割をするネズミ、保育係のネズミ…と階級に分かれています。これは、集団で行動するには、ある程度順位が明確になっていた方が無駄な争いが起こらず、効率よく物事を進められるから。

人間社会もそういう側面がありますよね。

 

ボスザルが君臨するニホンザルの群れも同様です。

あと犬も、もともとは群れで暮らしていたので、順位を付けたがります。

彼らは割と他者の目を気にしていて、ペットの犬なんかは、家族の中で自分が何番目にいるのかを常に意識していますよ。隙あらば…と、飼い主の座を狙っているかもしれません(笑)。

だからきちんとしつけをしないと飼い主との順位が逆転して、犬が問題行動を起こして困ったことになる。

逆に、モグラや猫なんかは単独行動だから、階級などはなく自由気ままにやっています。

 

よく「アリの2割は働かない」などと言いますが、冒頭に話したハダカデバネズミも同じです。

でも実はこの2割が、有事のときに逃げて生き延びるから種が絶滅しない。普段は何もしてないように見えてもいざというときに役立つんです。

 

――さぼっているように見えて役割があるんですね。人間でも同じことがいえそうですが…。

 

 今泉忠明さん今泉さん:

でも人間は、さぼっているヤツを見ると「あいつは楽をしてる」とついイライラしてしまいます。

動物はそんなことないのに、なぜでしょうか。

僕は、これは人間特有の「欲」のせいだと考えています。「自分はがんばっているから、さぼっているあいつよりももっとお金がほしい」とか。

もっと豊かな暮らしがしたい、もっと人からほめられたい、だからがんばる、と。

そう思うのはもちろん悪いことではありません。それがあったからこそ人間は発展できたんです。

ですが、あまりそこに執着し過ぎると多くを求めてしまう。

 

『ざんねんないきもの事典』では、強いものから弱いものまで、さまざまな生き物の多様性を紹介してきました。人間だってそう。いろいろな人がいていいし、みんながみんな同じところを目指す必要はないんです。

 

もちろん、動物にも欲はあって、リスなんかは食べ物をたくさん蓄えようとします。でもせっかく集めた木の実を食べずに忘れてしまうこともしばしば(笑)。その忘れ物から芽が出て、森が育つ、という循環が生まれます。結局、個の欲が仲間全体のために役立っているわけですね。

 

 

人間の欲が動物と比べて大きくなったのは、貨幣の誕生が大きいでしょうね。

食べ物などと違ってかさばらないから、いくらあっても困らない。だからもっともっと欲しいってなるんです。

貨幣が今のような形でなく、大きな石などだったらまた違っていたのかもしれません。

 

がんばったらこうなった ざんねんなヒトの進化

――以前、インタビューで人間はもともと森にいた、と拝聴しました。

 

今泉忠明さん 今泉さん:

人間の祖先は森に住んでいましたが、生存競争に勝てなくて草原に逃げてきたと考えられています。

草原は森と違って食糧も少ないし、厳しい環境の中で大変だったでしょう。だから雑食になって、トカゲでもなんでも食べていた者が生き残ったと。

また、二足歩行をするようになって、他の生き物より目線が高くなったことも功を奏しました。

 

――そんな人間にも「ざんねん」な部分ってありますか?

 

 今泉忠明さん今泉さん:

まず「よく転ぶ」ところでしょうね。

 

人間のざんねんな進化 よく転ぶ

 

人間の頭の重さは体重の8分の1程度といわれています。

四足歩行の場合、あまりに頭が重いと前に垂れてしまうので限界があるのですが、二足歩行ならある程度の重さまで、バランスを取ればどうにかなる。

だからここまで大きくなれたのですが、その分転倒しやすいんです。

子どもはもちろんですが、大人だってそうですよ。何十年と歩く練習をしていてもよく転ぶ(笑)。

 

次に、「暗闇が怖い」。

人間は目がいいので、情報の多くを視覚に頼っています。だから周囲が暗くなるとたちまち不安になってしまう。

そして、脳が発達して想像力が豊かなため、闇の中に勝手におばけを想像して恐怖を感じてしまう。

 

人間のざんねんな進化 くらやみが怖い

 

 

哺乳類の多くは2色しか識別できないのですが、サルとわれわれ人間は3色を識別しています。

これは、赤と緑を見分けることで、熟した木の実を選び取ることができたため。熟している方が栄養価は高いですから、これも生き延びるための進化だといえますね。

 

 

最後は、「練習しないと泳げない」。

 

人間のざんねんな進化 泳げない

 

多くの動物は訓練しなくても泳げますが、人間は違います。

二足歩行になったため、顔が正面を向いています。首も体に対して真っすぐに伸びているから、水面に浮いたとき、頭を上げないと息ができないんです。この姿勢がとてもつらい。

だから、泳げるようになるには訓練が必要なんです。

 

好きなことなら「がんばれる」

――人間関係や日々の忙しさから、ついがんばりすぎて疲れてしまう人が多くいると思います。今泉さんからメッセージをお願いします。

 

今泉忠明さん今泉さん:

『ざんねんないきもの事典』がこんなにもたくさんの人に受け入れられたのは、本当に残念な訳じゃなくて、「ちょっと惜しかったね」っていうところが愛おしくもあり、読む人たちの励みになったからだと思います。

 

強者だけが繁栄するのではなく、小さいもの、弱いものが生き残るためにそれぞれ工夫して、一生懸命に生きている。

だから人間も、誰かと自分を比べて必要以上にがんばらなくても大丈夫。がんばるなら、好きな何かを見つけて、そこに向かって楽しくやることです。

 

子どもに対しても、「もっと勉強をがんばりなさい!」などと言うのでなくて、子どもが好きなことに集中できる環境を親が整えてあげることが大事です。

 

動物の生き方は、「食べて子孫をつくる」と至極シンプル。

一方で人間は、欲が加わるからややこしいのだけど、その欲と上手に付き合っていけたらいいですね。